未然形の集積処

人は単純化され、完成されたものを好む傾向にある。それは享受しやすいことにその理由がある。

しかし私たちが実際現実世界で目にして愛玩しているものの多くは、未至のもの、未完成のものの方が実は多い。それらは完璧なものではないけれども、ある完成度をともなって世界にリリースされている。

神仏に至るための芸術は、それはある一線を超えた超越的なものであるが、それは神仏そのものではない。そしてそこに私たちが「美」や「真」を見出すことができるものは、「美」や「真」そのものではないのである。

芸術を含めて僧院や神殿というものは、これと同じようなものであり、それは神仏の示現そのものではないのであって、それに至ろうとする求道者たちの道の途上にしか過ぎない。それらは人間的であり、同時に神がかっている。

芸術作品がある表現体として完成する時とはどのような瞬間なのであろうか。

芸術表現の完成とは、ある表現体が、その表現よりよいよい状態を見出せなくなった訳ではなく、変数となっている誤値が巧妙に隠蔽された状態であるということもできるであろう。美しないものを見せる醜態を曝け出すことがない状態、これを芸術表現の完成時とみなすことができる。

実験芸術の本質が、特定の実験の定着状態をしめしているのと同じように思想表現の露呈もまた、本質になるべくたどり着こうとしたそのひとつの試みの途上的状態にしか過ぎない。

仏教芸術の本質には、そこでは仏教そのものが示現している必要がないという洞察に裏付けられたものでなくてはならないであろう。僧院や神殿も解脱に至った聖者たちの住処である必要がなく、むしろ解脱や一切相智に至ろうとするものが、その営為を営んでいる現実空間でなくてはならないのである。

私たちは僧院の門をくぐったその瞬間に宗教的理想世界に入るわけではない。それらの場は、俗世間の雑事から少し離れた寂静処に近い場所に過ぎないのであり、究極の寂静処でなくてはならないというわけではないのである。僧院構築に必要なエレメントとしてこれは極めて重要である。

古典のことば

古典のことばを学ぶ人は、古典と対峙する。時と場所を超えてそれは可能であるが、残念ながら古典のことばを学ぼうとする人は最近少なくなってしまった。

たとえば日本には精神を病んだ人が多くいるが、彼らの特徴は古典を学ばないですぐに誰かにその悩みを聞いたら解決すると思っていることである。精神を病んだ人の多くは自己愛が強く、自分は特別に扱われるだろうから、自分が抱えている悩みは、誰か他人が解決してくれるだろうと甘く考えている。正直言って客観的にはその考え自体が破綻しているから、彼らは精神を病むほど、大きな悩みを抱えているのだということを理解している人は少ない。

何か問題にぶち当たったら今はGoogleで検索したりするだろうが、その前に聖書や仏典を読んでみた方がいいと思う。その方が、Googleで検索するより素早く答えが得られるだろう。

絶対への指標が在る風景

佐藤慶次郎の作品は、無我を現観する三昧智とそれを受用する身体とを時間軸上に継起的に発現させた視聴覚現象である。これらすべては時を内包する振動のディスプレイであり、観察対象と観察主体が一体となったパフォーマンスでもある。この“現成公案”は、空に流れゆく雲、さえずる小鳥たち、風に舞う樹々の葉、これらと同じようにいつもやさしく、静かに、そして軽やかに語りかけてくれる。

私たちがこれらと関わる時に注意すべき事実はこれらが自然現象ではないということである。これらの作品は有機的に現象の発現〈系〉として選択されたものであり、この風景はここに生を捧げた者の生の振動の軌跡である。それはすべての人間現象と同じように、常に愛する他者に取り囲まれここに存在し得たものである。

1991年の秋より師・佐藤慶次郎が絶対への指標を具現化する現場を目撃する機会を頂戴した。ここに改めて亡き師と和子夫人に畏敬と深謝の念を表明し、師の残された世界について、私的な取り扱いを記しておきたい。

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夢と伝灯の住まい

私の実家の本家にあった巨大な仏壇の夢を見た。いまどうなっているのか知らないが、夢のなかでは解体工事が終わり、手作りで描かれた立派な仏画も海水に浸食されている。常に新しく張り替えられていた畳も魚たちの通り路となってしまっている。ちょうど私が石巻で見たあの光景と同じである。

その姿を見て思ったことは、建物、つくりものとは立派すぎればすぎるほど、それを守るために誰かが「守らなければいけない」という命題に苦しむ、ということである。我が家ではそれが何十年にもわたって起こったことである。

いくらものごとを立派に作ることができても、自ら作ったものを自分が管理できない時代にまで残してはいけない。何故ならば、その作り手の意思を離れ、それは物質として我々を苦しめることであるからである。我が家の先祖たちはあの立派な仏壇と既得権を守るために、家族で内紛をし、いがみ合い、そして口もきかない人々と化した。

我々ものをつくる人間は面白いものをつくるべきであって、不幸の原因をつくってはいけない。友人のスティーブもガウディの聖堂のようなものをつくろうとすることは世界一の大バカものであるとビール片手に語ってくれた。それが人間として普通の感覚でもある。

もしも陳腐なもの、我々が使うだけで充分なものであったら、我々が朽ちていなくなるとき、それはちょうど消耗して風化することができる。我々の住む空間、我々の用いるもの、それは我々とともに、もしくは時を経ずしてなくなるのがちょうどよいのかもしれない。

人にも去るべき時があるように、人が周りに撒き散らかしてディスプレイされるものにも去るべき時、片付けられるべき時というものがあるのではないかと思う。私の師、佐藤慶次郎のオブジェはそれが純粋な生命力の示現であるのと同様、自然と壊れていっている。まさに刹那滅である。我々が生まれた瞬間から死につつあるのと同様に、それらのものも生まれた瞬間から、社会にデビューして、そして多くの人に不思議さと驚きと興を与えるが、じきに壊れていく。

ダライ・ラマ法王は「仏教というのは一世代でやるべきものではなく、何代もかかってやるべきものである」と説いた。そのことから私は「何世代、何百年も維持できる建造物をつくるべきだ」と誤解していた。建造物を作る過程で頭を反芻してやまなかったのは「結局はコンテンツがなければ文字通り伽藍堂になってしまう」このことであった。コンテンツはそれを作る人、それを表現する人、それを楽しむ聴衆がいてはじめて成立するのである。

「仏教を守ること、それはそれを語ること、それを実践することである」これは法王も好んで引用するヴァスバンドゥの俱舎論のことばであるが、仏教がある場所とは、それを語る場所、それを実践して思索にふけるための仮住まいでよいのであろう。

我々人類は最低限で最もミニマムなもので、最大限の幸福や美を感じる能力をもっている。邪魔になるようなものは最初から作らない方がいいし、買うべきではない。リサイクルできるものこそが、持続可能なものなのである。リフォームも建て直しもできないような家は実はいらないのである。

我が家にかつてあった巨大すぎる仏壇の夢は再生可能な仏教のことばと思想の持続可能性とは何か、その本質を示唆してくれている。小欲知足とはものを享受する側にも必要な価値観であるが、実はつくり手にこそ必要な価値観なのではないだろうか。我々ものをつくりだすべき使命をもつ人間は、欲望や憎悪や嫉妬や自尊心を増大させるものをつくってはいけない。何故ならば、それは人々を惑わせ、そして苦しめるからである。

「タクター(ほどよいもの)です」仏典に精通した老師たちがそう思うものをつくりたいと思う。

沈黙の余韻から

とかく騒がしい世の中で、耳を傾けるべき音は少ないが、自らその沈黙を心にとどめると、自ずからさまざまな現象が明瞭に意識に顕現してくる。

物質に翻弄されている人々の陳腐な意思を決して笑うべきではないが、彼らの意思に惑わされたり、巻き込まれたりするとずいぶん面倒なことになるので、最近はそんな小さな意思に耳を傾けることを極力避けるようにつとめている。

チベットの研究をはじめて随分経ったものであるが、また随分遠くまで来てしまったな、というアイロニカルな感情を殺してしまい、沈黙に耳を傾ける。

大切にしていた孤高の師たちと過ごした時間が、無為に過ぎてはいたかもしれないと思うことをやめ、その時間が圧縮されたひとつのメッセージの総体としてあることを考えてみる。

ちょうど夏の向日葵が花をさかせ、そして枯れていくように、我々人は生まれ、そして必ず死ぬ。生老病死の苦しみなどは実はまだまだ簡単なことであり、驚くことではない。

ここに何が在るのか、というそのことについての焦点をかえてみるとその本質的な構造とその構造を作り出している意思がうかびあがってくる。

眼の前にある現象、そして他者、と如何に関わるのか、そういった哲学的な命題には既にそれほど驚くべき解答がなかったことには既に絶望をしないことにした。

現象がたちあわれる場所には余韻がある。同時に沈黙にも余韻がある。その反復、それは螺旋階段のようなものであるが、その上昇、下降の運動を視ているとさまざまな印象を心に刻むことができるものである。

そしてこれは意外と楽しいものだ。芸術家と自然が対決するというが、この自然な現象のなかでは芸術家は命の危険に晒されているのだろう。

人、そして時の曲芸師

人間は時を生きている。

時間軸は不可逆なものであり、刹那滅な我々はこの世に生を受けたその瞬間から死につつある。

死をどこか遠いところにあると思うひとびとは、明日や明後日や老後のことを考えながら生きるのであるが、実は老後ってのは死ぬ以外ない。

時を生きる我々は、その時を短縮でないし、また同時に時を延長することはできない。何かを急激に実現することもできないし、何かを永遠にのんびりやり続けることもできないのである。

これはちょうど音楽に似ている。ある曲が永遠に続くのならそれは拷問である。またある曲が旋律もなく、一拍もなく終わってしまうのなら、それは曲ではない。

曲芸師はその舞台で花を咲かすために、構成というものを考えるだろう。ここに建築的な思考が要求されることになるのである。

巧妙な曲芸師たちは知っている。その舞台が有限であること、そして有限であるからこそ、美しく、そしてそれに生命力を賭す価値があるということを。

自己の時が短縮も延長もできないように、他者の時もまた短縮も延長もできない。

人が何かを思ったり何かを伝えるためにことばを記すこと、それは短縮も延長もできない複数の時の軸が絡み合っては離れる、ハーモニーであるといえよう。

その調性は時には不協和音であるほうが自然体なのである。時の曲芸師たちは、単純な仕掛けでは食いぶちに困るからである。

死なない文化

文化は人に受け継がれるものであり、それは死なない。必要な人に伝わり、それが思い出される意思とともに再現される。それは楽譜のように、そして詩集のように眠るだけであろう。

化身認定という文化もまたそのようなものである。残された弟子たちが望めば、先代の再来者は必ずどこかにいるものである。師の入寂から半年が経つ。弟子たちは再来者を望み、それをめぐりまたそれを取り囲む人々の思惑がめぐる。

ことばではなく意味に依拠せよ、人ではなく法に依拠せよ、これはコアなファウンデーションを形どるための基本コンセプトである。

死なない文化、死なないコードというものがあることは確実であるし、人々が徘徊する姿にそのコードに秘められた思いを読み取ることができる。ただその営為は辛い代償を払うことも確かである。

死なない文化は、死なない人々によって支えられる。

根源を問う人々

さまざまなタイプの人がいる。

通常我々はものごとの根源を問うことをしない。音楽とは何か、芸術とは何か、宗教とは何か、生きるとは何か、人とは何か。そして私とは何か、ということを。

私とは何かという問いかけはさまざまな問いかけのなかでも最も根源的なものである。

この問いかけをする者は恐怖に脅えることとなる。何故ならば我々が思っているほど私というこのあやふやなものは、確実な基盤をもたないからである。

自己に対する洞察力のないものは、ある程度の洞察をしたことでそれでよしとしてしまう。何故ならばそんな楽しくもないことをやってもつまらないし、もっと楽な生き方があるからである。

たとえば誰かを利用したり、誰かをちょろまかしたりすることで、もっと享楽的な在り方もできてしまうのである。時々問題にぶちあたっても、それを見なかったことにすることが、普通の大多数の人のやり方だから、そこで安心感でも得た気になるのである。

しかしそのような安心感を疑う人々もいる。不安であり、そして不信感をいだいているからであろう。そういう我々は、いやいや、それは一体どういうことなのか、そしてどうあるべきなのか、という問いかけをし、その答えを探す、むしろ答えを仮に設定することで観察を繰り返すという在り方をする。

根源を問う者は実は貪欲なのであろう。というのも社会的なタブーやルールを無視してまでそれを裸にしたいからである。哲学者や芸術家、そして根源に触れる者は貪欲であるべきである。事実の微細な所作を看取するためには貪欲でなければならないのである。

おそらく根源を問う人々は、そういう性分なのである。彼らは退屈な人生を嫌う。驚くべき事実を求める性分なのである。

現成公案と縁起・空

道元禅師の『正法眼蔵』の冒頭に「現成公案」というものがある。そのなかでも有名な一節がこれである。

佛道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、萬法に證せらるるなり。萬法に證せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。

「現成公案」は「レディーメイドな問題」という意味である。マルセル・デュシャンの「泉」などもまたこの「現成公案」のひとつである。現象学が取り扱っていたオントロジカルな問題は、この「レディーメイドな問題」ということばによってある程度表現することができる。そして社会問題、政治問題などその殆どはこの「レディーメイドな問題」のひとつである。

存在と自己、そして他者、前世紀の前半を生きた哲学者たちはこうした問題に直面した。それはロマン主義や神秘主義の挫折、欺瞞の灰のなかからの「再生」であったといえよう。近代の日本では、漱石が「自己本位」から「則天去私」へと次第にその思想を深化していったように、人は誰でも進化していく。

『正法眼蔵』の説く「現成公案」というものは、その時々の自己の思想を写してくれる鏡でもある。

研究者として空と縁起の構造分析をしていたころは、真理値というものは生滅する現象の深部に潜む通奏低音のようなものであると考えていた。真理値を得るためにはどのような論理的な構築が必要なのか、それをもとめてツォンカパの空思想を極めてミニマルな「系」で分析しようと試みてきた。

そのなかで私がこれまでやってきてよかったな、と思うことには、「人間的、あまりにも人間的なるもの」とずっと関わってきたということである。たとえば新年の今日から「あまりにも人間的なるもの」と関わらざるを得ない境遇である。新年早々資金調達を頼まれるという運命にある。

本来は実験室の閉じた空間で過ごしたい性分であるが、否応無しに「あまりにも人間的なるもの」と関わることで、真実の所在というものが徐々にではあるが理解できてきたような気がする。

チベットのロジカルな仏教と関わったり、難解な中観思想に関する研究などをしていると、ふとすると縁起や空というものは、この我々の日常とは無縁のような錯覚を起こさせてしまう。ただ、最近それがあまりも無知で田舎者の錯覚に過ぎないということに気付いてきた。

縁起や空を現観するというのは、感官知で知覚することではない。それは心で流れ行く現象を捉えることである。「現成公案」を知覚すること、それはすべてさまざまな原因から生じている、という感覚である。この感覚が実は離辺の「中観」なのである。

レディーメイドな問題を知覚し、その空性を理解することは、最もシンプルな形での世界に対する自己の視座である。チベットの仏教を学びはじめたころ、それがあまりにも我々が既成概念にあてはめて理解していた我が国の仏典とはかけ離れている差異が目立っていたが、最近そこしはその差異だけではなく、その多くのことばに見られる深い洞察と先人の慈悲を感じ取ることができるようになってきた。

とりあえずよくわかないうちにまたもや新年になったが、きっとこれからだと思う。確かに言えるのは、そのうち22世紀になるってことだ。

永い沈黙との対話の時

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永い沈黙との対話の時がやってきた。

昨日8月13日午前1:30、師、ケンスル・リンポチェ・テンパ・ゲルツェン師が亡くなられた。現在はトゥクダムにまだいらっしゃるようだが、これからインドに向けて出発している間にどうなるのかよく分からない。

師と出会いチベット仏教というものが如何なるものか、そのすべてを知りたいと思った。そこにあったのは、日本の仏教にもそして、チベット仏教の研究論文の世界にもない、生きた仏教の立ち姿であった。

同時にこのチベット仏教を代表する歩く経典ともいう御方が、当時地下鉄サリン事件で研究所のなかで沈黙を強いられていることに我が国の社会の稚拙さと同時に中途半端に「救い」を説く人たちに対して憤りを感じた。師は仏教に生きたが、師が研究者たちに提供したものは、あくまでも単なる「情報」として扱われていた。この人物を通して生きているブッダの言葉を、この人物が語りたいように語るのをみんなで聞いてみたい、これが最初のきっかけであった。

研究職を辞退して、最初に師がインドに帰国する時に、「ジェ・リンポチェがなくなってもケードゥジェは師のことを思い出せば、その教えはいつでも聴こえてきたらしいので、心配しなくてもいいよ」とおっしゃってくれた。その時は、決してそうならないようにと抵抗し、その後会をつくり、全く興味のなかったダライ・ラマ法王に嘆願し、あの人物は必ず日本に必要なので日本に返して欲しいとお願いをした。

師は自分の師を置いてチベットから亡命した。その悲しい思いを何十年ももち続け、自分の師の代わりに怖畏金剛の籠行を行った。行の後師は「少し仏さまたちが近くなったような感じがします」と控えめにおっしゃった。

行が終わってダライ・ラマ法王の説得の力もあり、日本に来てくれることになった。そこからほぼ毎日さまざまな教えを教わった。そして私は通訳、付き人、雑用係として、この偉大な師と説法をしてあちこち回った。師を乗せて走るために車も買ったし免許もとった。疲れた時には回転寿司でマグロを沢山たべた。健康ランドに行って露天風呂に入るものもお好きだった。

師はいい服を着たり、いい家に住むことより、おいしいものを食べることが一番大事だと常におっしゃっていた。特に甘いお菓子が大好きで、時にはお菓子の食べ過ぎで食事は少量しか摂られないこともあった。アメリカにダライ・ラマ法王の兄に招聘されて、日本にはもう来ないかなと思った時にも、師はアメリカの御菓子も料理も全然美味しくないので10日ほど経ってすぐに帰国したいのでどうしようかと電話がかかってきた。日本のお菓子と料理に感謝した瞬間だった。

師の話には常にユーモアがあり、冗談が大好きだった。「チベット仏教で一番大事なものは何だと思いますか。それはバターですよ。」といったなぞなぞも沢山あった。おかげで我が家の夕食は常に仏のことばとその逸話、そして落語のようなオチで笑いが絶えなくなった。そんな楽しい夕食は残念ながらもう味わえない。

師は毎日我々が死んでいること、煩悩という病によって冒されていること、我々には眼にみえないが確実に存在するものへの視座とその価値を教えてくれた。その教えは現代哲学や陳腐な芸術を圧倒的に超えた真実であり、常に変わらない釈尊からのメッセージであった。

師のことばはあまりにも情報量が多く、そして楽しく愉快であるので、すべての人に聞いて欲しいと思った。何度も師の話の聞き書きを本にしようとお願いしたが、師は決してそれを望まなかった。何故ならば既に釈尊のことばは経典に説かれているし、そしてその解釈も我々のようなものがするべきではないからであった。つまらない本を沢山作っても意味はなく、ちゃんと仏典を翻訳すること、それだけを師は望んだ。

師はある時アティシャがチベットに行くことで寿命は縮まるが、観音菩薩の化身である、在家のドムトンという弟子に出会い、チベットをあちこち説法してまわり、多大なる功績を残すというターラー菩薩の予言の話をしてくれた。この話をいまでも強く思いだす。

ダライ・ラマ法王の招聘や数多くの事業によって私は師の寿命を縮めたのだろうか。そして何かを師とともに日本に残すことができたのだろうか。自分はドムトンのような観音菩薩の化身といわれるのには程遠い人間であるが、師が教えてくれた逸話に隠されたこの重い課題をいまだ果たせたとは思えない。いま思うのは、すくなくとも師を乗せて移動する時に、もうすこし安全運転をしたらよかったな、後部座席で唱えていたお経は無事に着きますようにと祈っていたのかなとかいろいろな事が頭をよぎる。

釈尊が涅槃に入られたのは、弟子が怠慢で、もう教えることがなくなったからだと師は教えてくれた。師が日本で説法をしてくれなくなったのは、我々が怠慢であまりにも幼稚だからなのだろうか。しかしただひとつ言えることは、私が師と出会うそのもっと昔から、この地上には道は既に示されてあるということである。

釈尊の声を我々はいま聴くことはできないが、そして私の師も永い沈黙に入った。これからその沈黙との対話を否応無しにすべき時に来たことだけは確実である。

チベットの焼身自殺の原因は我々にもある。

チベットの人々、特に若者や僧侶、尼僧たちが焼身自殺をしている。もはや抵抗することすらできない人々や未来を描くことができない若者が自らの肉体を火にくべて訴えている。

しかしこの一連の持続した焼身自殺の原因は、中国政府にだけあると間違って認識してほしくない。こうした事件の原因は、日本人の我々にもあるし、それが何故なのか考えればわかることである。

私は焼身自殺のことを考えるたびに自らの無力さを感じる。この状況を改善するための何らかの努力をしたいと考え、できる限りのことはやっているつもりである。彼らが焼身自殺し続けている原因は間違いなく私とその延長線上であるこの日本の社会に一部あることだけは間違いないのである。

チベット本土の人たちの悲痛は国際社会に届いていると思っている楽観的な人もいるかもしれないが、それが具体的に彼らが感じられる形では届いていないのは事実である。そして我々日本人がチベット人の声に耳を傾けていると思い違いするのは勝手だが、具体的に彼らがチベット人が自分たちの声が我々の耳に届いていると感じられなければ無意味である。

彼らの決死の訴えが近年も無視されつづけていたことを端的に表す事実として、チベット側と中国政府側との対話が断絶していることがあげられる。国際社会がその状況に改善を望めば、国際社会のなかで生きて行こうとしている中国政府も必ずチベットをはじめとする国内の人権状況を改善しなければなくなる。それは決して不可能ではない。しかし実際にはどうだろうか、チベットの状況は改善されるどころか、悪化する一方で、中国政府はより多くの兵士を動員したり、戦車や機関銃でチベット人たちの肉体を骨の奥底から脅している。

先日も日隅一雄という弁護士が焼身自殺を「自虐ネタ」だとして釈明していて、数日後にもまた釈明するらしいが、そんなことはどうでもいい。彼は余命半年らしく自分の命が消えて行くことをブログなどで宣伝しているが、他人の命が消えてゆくことを冗談のネタに使えるというつまらない人間なのである。同じコミュニティの人間が死んでもどうでもいい、さっきまで元気だった隣の人が死んでも自らの名誉や仕事のために笑って過ごせたりするのは、まだ人間とはいえないだけだ。

チベットの問題は、チベットの人たちだけの問題ではない。それは我々人間全体にあるひとつの問題である。チベットの人々は中国に侵略されて現在苦難を味わっている原因は、過去に自分が為した業の結果であると考えているが、その業の結果が起こりつづけていることは我々人間社会に住んでいる人間ひとりひとりにその責任がある。すくなくとも我々が住んでいると考えているこの小さな日本の社会では、自由をもとめて焼身自殺することが連続して起きることなどないのである。

チベットの若者の命が次から次へと燃えて消えてしまっている現象が起こった原因に我々も無関係ではない。特にこのブログを読んでいる人は、密接な関係をもっているはずだろうし、その責任を感じて欲しい。

彼らは「中国共産党政府よ、悪態をつくのをやめよ」と訴えて死んで行っているわけではない。彼らは「チベットに自由を。ダライ・ラマ法王の帰国を。」と死んでいっているのである。彼らには家族もいるし親もいる。そして友だちもいるし、我々と同じ人間社会に住んでいる人のひとりである。

彼らはニュースの映像でもないし、ネットの画像でもないし、チベット問題とか中国政府に虐げられた人とかいった陳腐なものでは決してない「人間」である。そして我々に問われていることは、「チベットシンパ」とか「チベットサポーター」とか「アジアのリーダーの日本人のひとり」とか右翼とか左翼とかそんなことではない。別に親中派だろうが親チベット派だろうが関係ないのである。

我々に問われているのは、この問題を同じ「人間」という仲間としてどう責任をとっていこうとするのか、ということである。

いま我々は自らの心にどれだけの変化を起こせるのかが問われている。

私たちは、ひとつの家族の兄弟であり、姉妹であり、そして人類というひとつの全体です。それゆえに私たちは、他者が味わっている苦しみ、子供たち、弱者たち、高齢者たち、彼らの痛みに対して無関心であることをやめ、世界全体を問題としなければなりません。

問題が起こる原因、それは私たち自分自身にあります。そしてその解決もまた私たち自身からはじまります。私たちは誰でも小さな子供の時から学んでゆかなくてはならないのです。世界を変えるのに必要な力、それはそこにあります。

広島のメッセージを宣言します。
他者の家を壊すこと、それはあなた自身の家を壊すことです。
他者の家を直すこと、それはあなた自身の家を直すことです。
優先してください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体を。
誠実であってください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体に。
見守ってあげてください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体を。
教育を受けさせてください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体に。
思いやりを与えてください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体に。
赦しを与えてください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体に。
協力してください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体で。
変化はあなたの心からはじまります。
すべての人に愛を。

「広島国際平和会議2006共同宣言」

チベットにある問題のために何ができるか悩む必要は全くない。彼らが望んでいることが何であり、そのために我々が日本人に何を望んでいるのか、ということは直接チベットの人たちに聞くことができる。そしてそれを聞いたらそれが実現できるまで努力あるのみなのである。もたもたしているだけ時間の無駄なのである。

代弁者と咀嚼する者

代弁者であろうとする者は咀嚼しないことが多い。受け売りをするという窃盗のような行為に対して彼らは罪の意識を感じない。

他人のことばをまるで自らが考えて思いついたかのように述べている。ただ代弁者たちは読者よりもはるかに勝れた気質をもっている。彼らは書かれていることばを読んで思い悩んだりしないし、そのことばの意味をすぐに見出す。(ただし陳腐な意味付けに終わることの方が多いのだが……。)

ことばを咀嚼しようとする者はそのことばが他人の心や眼をえぐりとることを知っている。何故ならば代弁者たちのような低いモラルをもちあわせていないからである。しかしそれは勝れた人間であるわけではない。彼らの心はえぐられて、失明しかけた人々であるからである。
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肉の塊に翻弄されるひとびと

五蘊成苦もしくは行苦というのは人間の基本的欲求そのものが苦の原因であるという仏教独自の苦しみに関する洞察を表している。我々人間は肉体に対する欲求がその本能的な衝動であり、それが無常で無我であるにも関わらず、その価値を過剰評価している。

たとえば衣服住といった我々の基本的な文化領域もそのペルソナ的な存在の延長線上にあり、そのことがすべての欲望や憎悪の基盤となる主語である。殆どの認識がこのペルソナ的な存在を対象としているのであり、社会学や医学の対象もこれらのペルソナ的な存在の価値を如何に詐称して、過剰に評価したらいいのかというその方法論を説いている。

自由に対する欲求はこの本能的衝動に対する反動である。何故ならばその本能的衝動は堪え難いほどの苦しみの連鎖を生み出しており、どのような人間であってもこの肉の塊を維持すること以外にさほどやることがないからなのである。

多くのロマンチシズムは肉の塊に対する醜い執着を覆い隠すのに充分な美辞麗句をならべたてるが、最終的に肉の塊を得られたとしても、その肉の塊を消費しても何も得ることができないという悲劇に達成するしかないのである。

人間たちがこの地上で互いに肉の塊を共喰いしないために、人類の歴史が続いてきた。まだそれも発展途上であるが、肉の塊から解放される日を目指すことこそが、最終的に孤独な砂漠にたどり着かないための安全策ではないだろうか。

思い違う人々

こないだある人にあなたは人格者じゃないと言われた。そもそも人格者であることを目指したことはいままでほとんどない。

仏教に関わるのは個としてなのであって、チベット仏教を学ぶことで我々が知ることは、この狭い島国で痛みを慰め合って涙にむせんでいることの器の小ささであろう。

宗教に関わる人間はもちろんそれを通じてよりよい人間になるべく努める必要はある。しかし思い違いをしてはいけないのは、宗教はあくまでも「教え」なのであって肉体ではない。

その教えは、理想や最終的なゴールがどこかを示しているが、その理想やゴールを体現することを保証するものではない。その体現者はいることはいるが、凡人の生活を送っていてはそのようなことを実現することはできないし、聖人が市中にいて欲しいと思うのは単なる希望的な観測でしかないのではなからろうか。

それに関わればすぐによい人間になれるってことではない。むしろ自分自身がだめであると認識してこそよりよい人間になろうという決意がうまれる。他人を断罪しようとするものは、一歩たちどまり、まずは自省することからはじめてほしいものである。

触る音からはじまった

触る音、飛来する音というのがある。それは風や光や電波である。

空気の振動によって発生する音波を10hzからどんどん周期を落としていくとそれは波形ではなく、単なる揺れになる。どんなに高価なスピーカーでも1hz以下の波形は再生できないし、30khz以上の高音を聴き取ることができる人はいない。聴覚をいくら研ぎ澄ましても電波を聴ける人はいないし、光線を聴ける人はいない。

物質の振動の周期が極めて遅い場合にはそれは揺れとか一つのイベントである。しかしそのひとつひとつのイベントの時間的感覚を縮めていくことで人はそれを連続する事象であると認識する。

連続する事象が特定の類似する反復パターンをもてば、そこに認識パターンの記憶を保持することから、意味を形成することができる。意味を形成する能力と用途を果たす能力と対象形成能力はダルマキールティの場合には同一視されることを考えると、複数性からイデアが生み出されるといえる。

チベット仏教で客体が「知の客体となり得るもの」と定義されているがこれはまさにこの人間の知的習性をよく観察したものであるといえる。

先ずは昔この辺りまで考えたことを思い出してこれをひとつの材料にしておく。

ツォンカパの否定の定義とその思想的展開

「否定」(dgag pa, pratiṣedha)と「肯定」(sgrub pa, vidhi)の問題が単なる表現上の差異から、思想内容の差異へと昇華される時、否定や肯定は認識されるべき対象(shes bya)それ自身が如何なる存在者なのかという問題へと昇華される。梶山雄一博士が絶対否定(med dgag, prasajyapratiṣedha)と相対否定(ma yin dgag, paryudāsa)という二種の否定の問題や、否定排除(rnam bcad,vyavacchedha)と肯定排除(yong gcod, paricchedha)という二種の否定作業について注目して(1)以来、インドの文法学・論理学などにおいてこれは一つの思想言語の分析作業に無視できない問題となっている。

チベット仏教の巨匠ツォンカパ・ロサンタクパ(Tsong kha pa Blo bzang grags pa 1357-1419)が「否定対象を排除しただけの絶対否定が空性であり、それだけが勝義諦である」 (2) と主張する時、この否定・肯定の問題は彼の空思想の理論的前提となっている。しかしながら、チベット仏教における否定と肯定についての言説は、我々が日常使っている言説とは全く質を異にしているのである。我々には「‥‥を否定する」「‥‥を肯定する」という命題はあっても、ツォンカパのような「‥‥は否定である」「‥‥は肯定である」といった命題はそれほど明確に意識することはできない。ましてやチベット仏教で具体例として挙げられる「壺は肯定である」「無量寿仏は相対否定である」という命題は、少なくとも日本人にとって文法的に誤りなのである。

ツォンカパの否定・肯定に関する議論は、空思想と密接に関係していることは確かである。しかし「否定とは何か」という否定の定義の問題と「空性は否定である」という問題とはレヴェルの異なる問題であり、空性が否定を規定しているわけでない。本稿ではツォンカパの否定の定義とその認識過程に焦点をあて、18世紀のゲルク派の傑僧ジャムヤンシェーパ・ガワンツォンドゥー(Kun mkhyen ‘Jam dbyang bzhad pa I Ngag dbang brtson ‘grus, 1648-1772)の『量評釈考究』rNam ‘grel mtha’ dpyodを援用しながら、彼の見解を再構成してみたいと思う。

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複雑な構造への憎悪を捨てる

ものごとが複雑であるのがいやな人が多い。

何でも簡単に素早く済ませたいのが最近の流行である。複雑な哲学書を簡単な命題に置き換えたりするのが殆どの人は好きである。

もちろん棺桶に入る時に入れることができないものの方が多いので、
私たちが持っているもののその殆どが不必要なものである。

人間ひとりが生きることは簡単ではない。だからひとりの人間が持っている情報量は無限大くらいある。どんな大きなハードディスクにも収まりきれない大容量なのである。ウェブが今年で20年を迎えたそうだが、これで世の中が変わったなどと錯覚していては、気が狂っている。

世の中には我々の想像を遥かに超えている現象は沢山あるし、どうしても隣にじっと座れない人も沢山いる。文化のちがいやバックグラウンドの違いは致命的であるが、だからといってみんな同じだと気持ちが悪くて吐くだろう。

仏教徒は仏教のことだけ考えておけばよかったというのなら、誰も苦労したりしないだろう。そんなにものごとは単純ではないのである。

言語というものは多層構造をもっている。めんどくさいが、仕方ない。仏教的にいえば、これが行苦そのものなのである。

日本語に訳すために

仏典のことばを日本語に訳すためには、日本語で仏の言葉を記述しなければならない。それらが果たして如何にあるべきなのか、ということはその言葉を発する者が人間としてこの世の中に如何に存在しようとしているのか、その姿勢やスタイルに依存している。

学者と呼ばれる多くの翻訳が不必要な記号でその正当性を主張せんかの如く装っているが、これはその人間のやる気のなさの表れである。何百年間もの間に多くの人間がそのことばを口に出してきたことを想像すらできない、いわばことばを使ったコミュニケーションをあきらめた廃人の落書きである。そのような状態に陥ってはいけない。我々が取扱っているものはそのような安っぽいものではない。

テキストを読むことや語学ができることなど大した問題ではない。しかしながら外国語の苦手な翻訳者がなんと多いことだろう。サンスクリット語やチベット語を取扱っている人間が、貫之やマラルメやランボーを読んだことすらないというのは致命傷なのである。

哲学書を翻訳している多くの人が、詩人になれという話ではないが、自分たちが才能に乏しい詩人になれない者であることを素直に認めた方がいいだろう。世の人々は魂のこもった愛の歌を聞きたいのであって、スポーツ新聞のゴシップ記事を読みたいわけではないのである。

ものごとが簡単に出来ないと、自閉症に陥ってしまう者が多くいる。しかし眼の前にあるその優雅で甘美な神や仏への愛を詠うことばたちに対する者は、その殻をぶち破らなければ生きていけないことを思い知るべきである。

絶望からはいあがり、ことばを日本語に訳してみよう。その日本語は間違いなくこの日本のことばなのである。それは我々落武者が振りかざす最後の剣のひとふりかもしれないが、野垂れ死するよりはましであることだけは確かであろう。