チベット仏教との出会いがもたらすもの

これをいろいろ考えてみる。特に日本人にとって大切なことを忘れないようにメモしておきたい。

  • 仏教とはどのような教えなのかということ
  • 輪廻転生という生命観
  • 真実を考察する知がどの程度まで働くのか
  • 縁起と空の関係、そしてそれよって導きだされる現実世界観
  • 輪廻と涅槃との関係
  • 宗教的世界観と科学的世界観

よく考えてみれば、日本はインド由来の仏教に触れるのははじめてである。だからこそ日本人がまだ混乱状態にあるのであろう。まだ消化できていないからであろう。

この記事に4件もコメントがありますよ

  1. こぐま より:

    中央アジアや中国に伝わったいわゆる北伝仏教と、
    後代チベットに伝わった仏教って本質的にどれだけ違うんでしょうかね?
    後期密教が伝わっていないのは当然わかっていますけれども。

  2. shojiro より:

    コメントありがとうございます。本質的にはぼくは一緒だと思っています。
    ただインド仏教との距離であったり、それらを積極的に継承している、という関わり方やスタンスが大きく異なっていると思います。

  3. こぐま より:

    チベット仏教を研究されている方が、チベット仏教はインド仏教の直系の伝承者であるということを強調されているときに想定されているものは具体的にどの側面なのでしょうか。中観思想の中で一番後代に発展した帰謬論証派のことでしょうか?

  4. shojiro より:

    そうですね。ぼくは別にチベット仏教だけがインド仏教の直系の伝承者であると強調しているわけではありませんので、誤解のなきようお願いします。もちろん日本の仏教もインド仏教の直系の伝承者であることは間違いありませんが、中国を経て入っていることに大きなポイントがあります。

    そもそも中国のような既存の宗教観や死生観などのその地域の文化の根本的な枠組みがある程度発展しているところに入ってくるのと、殆ど既成の文化がないところに入ってくるのとでは全然違います。まずはじまりにはそういう違いがあると思います。

    それから一般的なことをいえば、具体的にはたとえば巡礼の仕方、礼拝の仕方、真言の唱え方などの一般的な人々の信仰生活の形にはじまり、教義的な面で考えると、中観派はもちろん、論理学、戒律、そして無上瑜伽タントラの修習法などさまざまな面で総合的に継承しているという点がだいぶ異なっています。

    それからインドとの距離感というのがやはり違うと思います。チベットからインドへは中国からインドに行くよりもはるかに簡単に往来できます。チベットの仏教文化圏は現在のインドのシッキム地方やラダック地方からはじまることを考えると、ヒマラヤ山脈の南側から徐々にはじまりロシアの南の方までの高原全体に連続しています。

    それらの仏教の違いの最大の原因には伝搬の形態や距離があると思います。

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