人、そして時の曲芸師

人間は時を生きている。

時間軸は不可逆なものであり、刹那滅な我々はこの世に生を受けたその瞬間から死につつある。

死をどこか遠いところにあると思うひとびとは、明日や明後日や老後のことを考えながら生きるのであるが、実は老後ってのは死ぬ以外ない。

時を生きる我々は、その時を短縮でないし、また同時に時を延長することはできない。何かを急激に実現することもできないし、何かを永遠にのんびりやり続けることもできないのである。

これはちょうど音楽に似ている。ある曲が永遠に続くのならそれは拷問である。またある曲が旋律もなく、一拍もなく終わってしまうのなら、それは曲ではない。

曲芸師はその舞台で花を咲かすために、構成というものを考えるだろう。ここに建築的な思考が要求されることになるのである。

巧妙な曲芸師たちは知っている。その舞台が有限であること、そして有限であるからこそ、美しく、そしてそれに生命力を賭す価値があるということを。

自己の時が短縮も延長もできないように、他者の時もまた短縮も延長もできない。

人が何かを思ったり何かを伝えるためにことばを記すこと、それは短縮も延長もできない複数の時の軸が絡み合っては離れる、ハーモニーであるといえよう。

その調性は時には不協和音であるほうが自然体なのである。時の曲芸師たちは、単純な仕掛けでは食いぶちに困るからである。

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