劉暁波氏の死(公開処刑)について

08憲章をはじめとする言論の活動を行い、ノーベル平和賞を受賞した劉暁波が獄中から釈放されたが、残念ながら亡くなった。日本では有志の方たちがキャンドルナイトを行なった。

2008年、チベットをはじめとして多くの問題が起こった。正直あの時、ひょっとするとこのままチベット問題が解決したらいいのに、そんな微かな期待もあった。しかし残念ながらチベット問題はそのままになり、現状ではさらに悪くなっている。

日本でも2008年にはそれまでに比べて多くの人たちがチベット問題に関心をもってくれた。しかしながら、肝心のチベット人たちはそのままであることには変わらない。

当時は胡錦濤政権であったが、いまは習近平政権となった。日本も経済的にも中国に追い越され、時代も少しずつ変わった。2008年には世界中の多くの人々がチベット問題の早期解決を訴え立ち上がってくれたが、日本でのその運動はその後すぐに下火となり、そのなかから原発反対運動などへと移行していった人も多かった。

チベット問題は複雑であり、中国民主化の動きなどと絡み合っている。当時はダライ・ラマ法王はまだ「半分引退した状態」であったが、いまは完全に政権を主席大臣へと政権を移譲し、それを支える形で日本でも自民党のなかからチベット問題について真剣に考える議員が現れてきて、昨年には無事に「日本チベット国会議員連盟」も正式に発足した。中国国内の少数民族に対する理解も深まり、同時に中国が抱える大きな国内問題についての矛盾もひろく知られるようになった。

しかし今回の劉暁波の死が表しているように、これらのすべての運動がどれも劉暁波の生命を救うことはできなかったことも確かである。ノーベル平和賞の受賞により劉暁波は国際社会の知る人となったが、それに対して中国政府は公然と、そして着実に彼を死に追いやった。彼がもはや治療不能な状態になって一応釈放されたことは事実であり、海外での治療を許可するように求める運動も時已に遅しであった。

日本で人権問題で騒いでいる左翼たちも、またこのダイバーシティの尊重があたりまえとなった国際社会の動向のなかで、民族自決という旗印をいまだに掲げている右翼たちも、誰ひとりとし劉暁波を公然と着実に公開処刑する中国政府に対して何もできなかった。

私たちは無力であると同時に、社会の変化は決してはやいものではない。確かに少しずつは世の中は良くなっているのだろう。しかし現代の社会のなかでこうした公開処刑が行われているこの世はやはり魔物だらけであるとしか言いようがない。

劉暁波が中国政府によって公開処刑されたことは明らかである。しかしながら誰もそれを「公開処刑」と表現しないし、中国政府がやっていることをテロリストたちがやっていることとあまり変わらないことを声高に語るものはいないのは大変残念なことである。

この数ヶ月マスコミは相変わらず森友学園や加計学園をスキャンダルとして扱おうとしている。もしかして彼らはもう一度いまは瀕死状態の民主党に政権をとらせたいのだろうか。そういったドメスティックな問題が重要ではないとは思えないが、隣国中国で起こっている深刻な問題について何らの取り組みも見せることなく、ドメスティックすぎる問題に終始している日本のことが最近心配になってくる。

この不条理な世間の歴史はいまにはじまったことではない。しかし私たちは21世紀のこの現代に国際社会のなかで公然と処刑を行なっている国家が、私たちの住んでいるこの島国のすぐ近くにいまもあることを忘れないでおきたい。

2017-07-21

チベットの焼身自殺の原因は我々にもある。

チベットの人々、特に若者や僧侶、尼僧たちが焼身自殺をしている。もはや抵抗することすらできない人々や未来を描くことができない若者が自らの肉体を火にくべて訴えている。

しかしこの一連の持続した焼身自殺の原因は、中国政府にだけあると間違って認識してほしくない。こうした事件の原因は、日本人の我々にもあるし、それが何故なのか考えればわかることである。

私は焼身自殺のことを考えるたびに自らの無力さを感じる。この状況を改善するための何らかの努力をしたいと考え、できる限りのことはやっているつもりである。彼らが焼身自殺し続けている原因は間違いなく私とその延長線上であるこの日本の社会に一部あることだけは間違いないのである。

チベット本土の人たちの悲痛は国際社会に届いていると思っている楽観的な人もいるかもしれないが、それが具体的に彼らが感じられる形では届いていないのは事実である。そして我々日本人がチベット人の声に耳を傾けていると思い違いするのは勝手だが、具体的に彼らがチベット人が自分たちの声が我々の耳に届いていると感じられなければ無意味である。

彼らの決死の訴えが近年も無視されつづけていたことを端的に表す事実として、チベット側と中国政府側との対話が断絶していることがあげられる。国際社会がその状況に改善を望めば、国際社会のなかで生きて行こうとしている中国政府も必ずチベットをはじめとする国内の人権状況を改善しなければなくなる。それは決して不可能ではない。しかし実際にはどうだろうか、チベットの状況は改善されるどころか、悪化する一方で、中国政府はより多くの兵士を動員したり、戦車や機関銃でチベット人たちの肉体を骨の奥底から脅している。

先日も日隅一雄という弁護士が焼身自殺を「自虐ネタ」だとして釈明していて、数日後にもまた釈明するらしいが、そんなことはどうでもいい。彼は余命半年らしく自分の命が消えて行くことをブログなどで宣伝しているが、他人の命が消えてゆくことを冗談のネタに使えるというつまらない人間なのである。同じコミュニティの人間が死んでもどうでもいい、さっきまで元気だった隣の人が死んでも自らの名誉や仕事のために笑って過ごせたりするのは、まだ人間とはいえないだけだ。

チベットの問題は、チベットの人たちだけの問題ではない。それは我々人間全体にあるひとつの問題である。チベットの人々は中国に侵略されて現在苦難を味わっている原因は、過去に自分が為した業の結果であると考えているが、その業の結果が起こりつづけていることは我々人間社会に住んでいる人間ひとりひとりにその責任がある。すくなくとも我々が住んでいると考えているこの小さな日本の社会では、自由をもとめて焼身自殺することが連続して起きることなどないのである。

チベットの若者の命が次から次へと燃えて消えてしまっている現象が起こった原因に我々も無関係ではない。特にこのブログを読んでいる人は、密接な関係をもっているはずだろうし、その責任を感じて欲しい。

彼らは「中国共産党政府よ、悪態をつくのをやめよ」と訴えて死んで行っているわけではない。彼らは「チベットに自由を。ダライ・ラマ法王の帰国を。」と死んでいっているのである。彼らには家族もいるし親もいる。そして友だちもいるし、我々と同じ人間社会に住んでいる人のひとりである。

彼らはニュースの映像でもないし、ネットの画像でもないし、チベット問題とか中国政府に虐げられた人とかいった陳腐なものでは決してない「人間」である。そして我々に問われていることは、「チベットシンパ」とか「チベットサポーター」とか「アジアのリーダーの日本人のひとり」とか右翼とか左翼とかそんなことではない。別に親中派だろうが親チベット派だろうが関係ないのである。

我々に問われているのは、この問題を同じ「人間」という仲間としてどう責任をとっていこうとするのか、ということである。

いま我々は自らの心にどれだけの変化を起こせるのかが問われている。

私たちは、ひとつの家族の兄弟であり、姉妹であり、そして人類というひとつの全体です。それゆえに私たちは、他者が味わっている苦しみ、子供たち、弱者たち、高齢者たち、彼らの痛みに対して無関心であることをやめ、世界全体を問題としなければなりません。

問題が起こる原因、それは私たち自分自身にあります。そしてその解決もまた私たち自身からはじまります。私たちは誰でも小さな子供の時から学んでゆかなくてはならないのです。世界を変えるのに必要な力、それはそこにあります。

広島のメッセージを宣言します。
他者の家を壊すこと、それはあなた自身の家を壊すことです。
他者の家を直すこと、それはあなた自身の家を直すことです。
優先してください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体を。
誠実であってください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体に。
見守ってあげてください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体を。
教育を受けさせてください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体に。
思いやりを与えてください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体に。
赦しを与えてください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体に。
協力してください。あなたの仲間、街、国だけでなく、世界全体で。
変化はあなたの心からはじまります。
すべての人に愛を。

「広島国際平和会議2006共同宣言」

チベットにある問題のために何ができるか悩む必要は全くない。彼らが望んでいることが何であり、そのために我々が日本人に何を望んでいるのか、ということは直接チベットの人たちに聞くことができる。そしてそれを聞いたらそれが実現できるまで努力あるのみなのである。もたもたしているだけ時間の無駄なのである。

2012-02-08

ダライ・ラマ法王と極東日本の仏教

日本人にとって、仏教は遠い海の向うのインドの宗教である。その教えは模倣すべき見本であった漢人たちを魅了していたので、それが価値のあることは分かっていたが、一体どんな人がどのようなスタイルで実際にその宗教を担ってきたのかを実際に眼にしたことがなかった。島国に棲む臆病だがヒステリックな人々にとって、仏教がもたらした建築技術をはじめとする最先端の文化の魅力はその恐怖を覆い隠すだけの充分な代償であったからこそこの国には仏教というものが取り入れられることとなったのである。

十一世紀に朝鮮半島からやってきたユーラシア大陸の覇者であったモンゴル人たちの恐怖とスペインからやってきた宣教師たちは、この島国を混乱に陥れた。その結果、最終的には三百年もにわたる「鎖国」という選択へと陥れたのと同時に、中央アジアの仏教の潮流とは交流が断絶した。その後黒船とともにがやってきて、過去の価値観は完全に役にたたぬものとなったが、それでも西洋人にこの小さな島を奪われないように、西洋人のまねをして暮らすことを覚えた。もともとヒステリックであった日本人が生来もっていた「帝国主義」でアジアを支配する夢を描いたが、その夢はアメリカという巨大な国と二発の原子爆弾によって粉々に砕けちったのである。その後軍事力も何ももてない日本人たちは、「経済重視」というスローガンですべての問題を解決しようとしてきた。この国ではいつしか政治と宗教はタブーとなり、仏教界に生きる人たちにとっても業報輪廻は語るべきではない差別問題へとすり替えられてしまったのである。

ダライ・ラマ法王とチベットの仏教徒たちは、そんな日本に直接やってきた。日本人と顔もよく似た彼らは、国外に流浪の民となったにも関わらず、これまで日本では誰も触れることができなかった本格的なインドの大乗仏教の延長線にあるものをもっていた。当初チベットの仏教は「ラマ教」と蔑視され、対中関係のなかで微妙な問題を回避するために無視された。
 しかしながら、最近になってそんな簡単に無視するべきものでもないことに漸く気付き始めた。ダライ・ラマ法王が獅子座の上から人々に語りかける、人間であることの価値や宗教に対する真摯な態度、そして我々が過去には論理的に学ぶ術すらもたなかった四聖諦や空性に関する論理的な説明、芳醇でシステマティックな密教の修行法などがいま多くの日本人を魅了しはじめている。

長い間、本当のインド大乗仏教の伝統に触れたことがなかったこの日本でその教えがあらたな文化の創造へとつながるにはまだ時間がかかるだろう。ダライ・ラマ法王やチベット仏教徒たちがもたらすものは、インド仏教の延長線上にあるスタンダードな仏教の総合的な教義体系とそれを人生のさまざまな場面に活かすためのサンプルである。日本人にとっての仏教の歴史はいま確実に変わりつつあるものであり、長い仏教の受容史を考えれば、我々はいまその大きなターニングポイントを目撃しつつある。

歴史上はじめて来日したダライ・ラマ十四世法王が降らす仏法の雨は確実にこの狭い島国の大地を潤し、新たな発芽を迎えつつある。今後それが成長し、どのような花を咲かせるのかは分からないが、その花が美しくかけがえのないものとなることだけは確実ではないかと思われてならない。

2011-06-25

チベット・中国の対話の行方

2010年1月30日、31日、北京にて統一戦線部工作部・ダライ・ラマ特使の会談が行われた。この10日間くらいこの問題の整理に追われていたが、報道発表合戦もすこし落ち着いてきたので、まとめておきたい。

まず本会談の名称であるが、これは以前から同じであるが、両サイドとも異なっている。会談のことをチベット側では「中国・チベット間の対話」と呼ぶのに対して、中国側は「中央政府の関係部門とダライ・ラマの私設代表とが接触した会談」と呼んでいる。中国側は「ダライ・ラマ帰還工作」の一環としてはじまったものである。それに対して、チベット側は過去の二国間の懸案事項についての協議と理解している。これについては過去の会談と同じである。なお本会談については前回会談の終了後、中国側も独自のウェブサイトを製作して、情報をタイムリーに配信した。

参加者は、中央統一戦線工作部側からは、杜青林(部長・政治協商会議副主席)、朱維群常務副部長、斯塔副部長、西藏自治区人大常委会副主任 尼玛次仁である。一方、ダライ・ラマ特使側は、特別代表 ギャリ・ロトゥー・ゲルツェン元大臣、特使 ケルサン・ギェルツェン元大臣、その他テンジン・アティシャほかのチベット交渉対策本部(Tibetan Task Force for negotiations)の三名である。チベット自治区の代表者が会談に参加したのは注目すべきことのひとつである。

本会談は前回の会談以来、15ヶ月ぶりの会談となる。その経緯について特使ギャリ・ロトゥー・ゲルツェンが帰国後に行った記者会見で、「特使側から先方に会談の日程を打診した」と述べている。1月18日〜20日に内容的にも重要な「第五次西蔵工作座談会」が開催されるので、それに合わせてを行うこととなったと述べている。

なお、会談の申し出がいずれの側からなされたのか、ということについて、双方の記者会見以前には情報が錯綜していた。何故ならば、2008年11月にダラムサラで開催された第1回特別総会では、中国側から誠意ある回答をもとめるという形で、あたかもチベット側からはコンタクトしないというような結論がでていたからである。

しかしながら、その後3回行われた交渉対策本部会議においてチベット側から会談を再開しようという意見に微調整したと思われる。(最後の第21回会議は本年1月20日より二日間ダラムサラで行われた。)
この経緯について朱維群は、記者会見にて以下のように述べている。

朱维群:我们在与甲日一行谈话时首先指出,从2008年11月接触商谈至今已有1年多时间,这是从2002年恢复接谈以来间隔时间最长的一次。出现这种情况,一个很重要的原因,是他们自己在2008年11月的“西藏前途特别大会”上公开宣布停止与中央的接触。即使在这种情况下,中央并没有把接触商谈的大门关上,而是耐心等待他们的觉悟。此次根据他们的请求安排这次接谈,充分体现了我们的诚意和一贯态度。(国新办就中央与达赖私人代表接触举行发布会(文字实录))

中国側は「常に誠意のある一貫した態度をとり、ダライ・ラマ個人の処遇についての対話の門は常に開かれている”のであって、今回まで1年以上も会談が行われなかったのはダライ・ラマ側に原因がある」ということがいいたいのである。

次に会談の内容であるが、まずは双方から出された主張は以下の通りである。

(チベット側)
前回の会談の際に提出した「全チベット民族が名実共に自治を享受するための草案」(以下『草案』と略する)に変更点はなく、それをもとに再度自らの立場を確認するという意味で、以下の7点を強調するという形で主張がなされた。(うち三つは中国側が主張する所謂 “ 三つの堅持”にあたる)

  1. ダライ・ラマは中華人民共和国の主権ならびに領土を尊重する
  2. ダライ・ラマは中華人民共和国憲法を尊重している
  3. ダライ・ラマはすべてのチベット人の代表であること
  4. ダライ・ラマが望んでいることがすべてのチベット人の総意であること
  5. 中国共産党による指導の堅持(三つの堅持)
  6. 中国の特色ある社会主義路線の堅持(三つの堅持)
  7. 民族区域自治制度の堅持(三つの堅持)

(中央統一戦線工作部)
今回の会談では主に中央政府の政策ならびにチベット政策についての説明がなされた。

  • 中央政府は現在世界的金融危機の打開策に取組んでいる。
  • 中華人民共和国成立60周年に関するこれまでの経緯と今後の展望の説明
  • 第5次西蔵工作座談会で話し合われた内容や今後のチベット関連の政策についての説明
  • チベット関係についての政策を中央政府が如何に重視しているのかの説明

これに対して双方は次のような反応をした。

(ダライ・ラマ特使側)

  • 第5次西蔵工作座談会がチベット自治区のみではなくその他の自治県や自治州の住民の代表者もふくめて開催されたことは歓迎すべきことである。
  • 当該座談会にて提案されたチベット全域にわたる基本方針がもしも現実に履行されるものとなるのならば、それはチベット側が『草案』にて示したものと内容的にはそれほど異ならないものである。
  • しかしながらそれらを実行する際には、『草案』にて示したように、チベット民族を単一の独立自治行政体で単一の政策施行体制のもとでする方がより効果的である。
  • これまでもこうした提案は中国側からなされているが、事実としてインドへ亡命してくるものがいる。それはチベット人に対する不当な弾圧や機会の不均等などが原因となっている。現実の状況をよく見極めることが重要である。
  • チベット人に関する行政指針を考えていく上では、ダライ・ラマが代弁しているチベット中央行政府の意見とすりあわせながら作業をすることが今後も重要であると思われる。

(中央統一戦線工作部の反応)

  • そもそもダライ・ラマならびに亡命政府はチベット民族の代表権はなく、亡命政府は違憲の団体である。
  • チベット自治区行政府ならびに当該自治体によって全人代のみがチベット地域の主権者である。
  • 前回提出された草案書は、憲法に違反するものである。草案で述べられている自治の枠組みは、明らかに「チベット独立」「独立を装ったもの」に過ぎない。
  • ダライ・ラマは「独立をもとめない」と言っているが、在外公館の襲撃などの亡命者によって多くの反政府活動が継続しており、これはダライ・ラマ側が言動不一致であり、国家の分裂を企てているものとしか思えない。また「私はインドの子供である」などと発言したり、中印の国境のアルナチャール州を訪問するなど、反体制的な活動のみが行われている。近年の行動ももそも「チベット問題」を国際問題にしようとしているのは、完全に内政干渉による国家分裂を幇助する行為である。
  • ダライ・ラマがこうした行為を停止するのならば、彼の帰国、さらには帰国後の個人の処遇については今後話し合う余地がある。しかしながら、亡命政府として、またはチベット人の代表者としての話し合いを行う余地はない。同時に、チベットの政策決定について意見を述べたり、意見を交換することもできない。

次回の会談の具体的な約束はしていないが、次回会談は開催予定であることを確認。
今回の会談の内容を特使はダライ・ラマに伝える旨を統一戦線部に伝えて終了した。

今回の会談で新しい点は双方が会談の後にすぐに報道発表を行い、会談の趣旨説明があったことがあげられる。これは、2008年以来、中央政府が対話に関しても内容を明らかにしてきたことによるが、前回に比べれば会談が終わりすぐに双方が記者発表することとなったのが、非常に注目に値する。

(ダライ・ラマ特使側) www.tibet.net

  • 2010-02-02 会談後の公式声明 STATEMENT BY SPECIAL ENVOY OF HIS HOLINESS THE DALAI LAMA, KASUR LODI GYARI, HEAD OF THE DELEGATION WHICH VISITED CHINA IN JANUARY 2010
  • 2010-02-03 記者会見の内容 Tibetans to Remain Committed to Dialogue With Chinese Govt: Envoys.

(中央統一戦線工作部による記者会見)

  • 2010-02-02 AM10:00 朱維群などによる記者会見全文 国新办就中央与达赖私人代表接触商谈举行发布会(实录)

以上は双方の報道発表をまとめたものである。以下、すこし考えたことを書こう。

今回の会談においてまず注目すべきは、その開催時期である。今回会談の日程を中国側に打診するという形で決定された。開催時期として、1月18日から3日間、9年ぶりに行われた胡錦涛政権発足後では初めての第5次西蔵工作座談会、そして中国仏教協会の全国代表会議(2月2日北京で開催)、および今年の全人代の会期直前というタイミングが選ばれている。一部説では対米関係を考慮してその時期が決定されたのではないか、という推測もあるが、いずれにしても今回の対談の時期は、中国側にとって有利な選択がなされたと言えるであろう。会談の記者会見後すぐに(3日発表)中国側が承認しているパンチェン・ラマは中国仏教協会の副会長に就任したことが発表されたこともこの中国側のメディア戦略を考えた会談の時期の設定の一貫であると言える。

今回の会談で両者の対立点は、「チョルカ・スムをひとつにした単一の自治体の設立と自治権の行使」(所謂“高度な自治”とか“真の自治”と呼ばれるもの)にあったことは明白である。これは四川省、青海省、雲南省、甘粛省などのチベット全域にわたる単一の自治体を設立する要求であり、中国側にとっては「国家分裂」に他ならず、一切の譲歩ができないということをチベット側に再通知した。同時にチベット側も前回の『草案』に基づいて、この部分が最も譲歩できない核となる主張であることを再度提案している。

しかしこの単一の行政体の設立に関していえば、両者は激しく見解が異なるとこであるが、実際のチベットにおける政策については両者ともそれほど意見が対立しているわけではない。中国側がチベット側に説明した胡錦涛主導の第5次西蔵工作座談会の内容については、チベット側もその執政形式以外の部分では、基本的には『草案』で要求していることとそれほど変わらない、と中国側に告げている。今回具体的な内容について多くの説明があったようであり、チベット地域におけるインフラ整備、公共事業計画、チベット人の地位向上、社会発展、人権問題の解決などについては両者はある程度共通の認識をもっている。したがって両者の見解の相違点については、単に「ダライ・ラマや亡命社会がチベット人の総意を代表しているのかどうか」「行政区域の拡大ができるかどうか」というこの二点についての認識の違いに還元することができる。

中国側は、再度、ダライ・ラマ側に対して、四つの譲歩できない項目を提示している。すなわち

  1. ダライ・ラマは祖国分裂の活動を停止するべきである。
  2. チベットは中国の不可分の領土であることを認めること、
  3. 台湾も中国の一部であることを認める
  4. チベットに関して中国政府が唯一の合法政府であることを認める、というこの四つである。

そしてさらにこの項目をダライ・ラマが公の場において、認める限り、個人としての帰国ならびに処遇については今後話し合いをすることが可能であり、「門はいつでも開かれている」ということを繰り返し述べている。

しかしこの点についてはあくまでも両者がダライ・ラマの現在の活動と地位をどのように見るのか、という主観的な見解の違いに過ぎないのであって、さほど大きな争点ではない。ダライ・ラマの特使は、帰国後ダライ・ラマにこの点を伝えているし、彼らがこの四つの項目はこれまでも中国側にクリアにしてきたことであるが、中国側は実質的にはそうなっていないという言いがかりをつけているのであり、チベット側はこれをどうやって中国側に理解してもらえるのか、しばらく検討するようであるが、中国側が意図的にそのように解釈しているのであって、ダライ・ラマ側はその解釈の誤りを指摘するという応酬が続いているのに過ぎない。

こうしたやり取りを見てみると、会談自体とその議論の内容は過去から継続して一貫しているもので、一切進展があるとは言えない。ただ今回は以前にも増して両者とも記者会見でその内容をお互いに発表するなど、以前とは異なる点もみられた。また過去の会談にも参加しているサンフランシスコ在住の元首席大臣テンジン・ナムゲル・テトン氏の指摘によれば、中国の側によるダライ・ラマに対する批判は、過去よりも少し弱まったと見受けられる。特に会談以降の記者会見の席での朱維群の発言などは、ダライ・ラマの長寿を願うなどという発言もでてきており、そもそも最近は「ダライ」ではなく「ダライ・ラマ」という表現をすることからも、過去にくらべてその態度が軟化していることは容易に伺える。

しかし実際には中国側としては本音のところは、もはやダライ・ラマの帰国は期待してないのであろう。では何故会談をしているのか、といえば、まずは国外から批判を避けるためである。さらには会談の内容を示すことによって、亡命チベット人たちに、彼らが最も争点としている「単一の行政体」といった自治の枠組みへの希望をあきらめさせることを目指していると思われる。

今回の会談の後にすぐにホワイトハウスの報道官によりオバマ−ダライ・ラマの会談の発表があり、それに対して中国外務省は執拗な批判を繰り返している。しかし客観的に考えるのならば、現在支持率が低下しているオバマ大統領が米国で圧倒的な支持を得ているダライラマと会談することは別に不思議なことではないし、会談をしたからといって、チベット問題を過去の冷戦時代のように政治戦略として見なす必要もない。ただこの報道はチベット側では、会談が充分な成果をあげれなかったのことの失望感を隠すものとして、米国からの支持を得ているという図式を示すものとして都合良く報道されているとしか思われない。

また日本国内でのこの問題に対する反応もそれほど大きな変化はない。2008年度に大幅に増加したチベット支援者も現在は里親であったり、デモ参加者であったり、さまざまに分岐しているが、北京オリンピック前のような勢いはもはや完全に失われている。国内の報道機関も今回は両者の発表をもとに、多少胡錦涛・オバマ大統領の会見やグーグル問題に触れるものがあるが、会談に関して国際問題の大きな問題として取り扱おうといった意図は見られず、比較的小さな扱いである。

今回のような争点の絞り込みは、亡命チベット側にとって極めて不利であり、今後の展開の行き詰まり感をもたらすだろう。

亡命チベット人たちは現在は過去のように在インド中国大使館を通じて本土に戻ることが現在は難しい状況になっている。チベット本土ではいまだに情報統制が厳重に行われている。さらには反政府活動に対する厳重な判決が次から次へと発表され、同時にチベット本土では「ダライ・ラマ私設代表」との会談の報告を行い、チベット人たちの失望感をあおっている。同時に海外にいるチベット人の圧倒的多数が、対話の行方に期待をしているが、今回の対話の結果は彼らの失望感を増大させるものにほかならない。

今後、胡錦涛、温家宝主導の第5次チベット政策にどの程度のチベット人からの支持が得られるのか、ということが今後のこのチベット問題を考える上で非常に重要な要素となるだらう。亡命側はもちろん極めて批判的な見方でその欠点を見いだしていくはずであるが、中国側としては圧倒的な投資と公共事業によってチベット人の民意をかなりつかめるのではないかという自負もあるように思われてならない。中国側にとってはそもそも「チベット問題」など存在せず、ダライ・ラマのみ排除できれば、あとは自動的に空中分解させることができる、と考えている。独裁政権である中国政府は、チベットのことを最もよく研究しており、熟知している。今回の会談後の彼らの記者会見の内容はその自信を充分感じさせるものであった。

チベット側は今後どのように戦略的に抵抗運動を行っていくのか。これについてはいまのところ目立った動きはない。彼らにとって北京オリンピック前後のキャンペーンは大成功であったし、世界中の関心をあつめた。しかし今後、それを上回るだけの戦略があるかといえば、そうではないというのが実情である。彼らが争点の中心としている「単一の自治体の設立と自治権の行使」への道が見えないかぎり、環境問題であったり人権問題であったり宗教への介入という最重要項目ではない部分で自らの権利を主張するしかない。しかし、それには限界があることも彼らはよく分かっているであろうから、今後の展開としては、亡命側が北京オリンピック前後のキャンペーンを上回り、世界中の支持を得れるような内容の戦略を見いだす努力をするしかないし、そのひとつの旗印としては「中国民主化」という問題があるが、実は民主化によってチベット人の最大の望みである「単一の自治体の設立と自治権の行使」は実現できるわけでもないという悲劇がここにはある。何故ならば、当該地域には既に圧倒的に多数の移民が居住しているのであり、チベット人は現在少数派になっているからである。

チベット人たちはいま非常に難しい転機の局面を迎えている。

2010-02-09