原田さんの想い出

原田力男さんは、志の人であった。

私に教えてくれたのは、「無名であることの美しさ」と
「有名であるからいいわけではない」ということであった。
それは簡単にいうと、実力主義と自己愛の否定であった。

原田さんは、プライベートな、人間的なものを大切にした。
それは、すこしエロチックであるが、颯爽としたものであった。

私が最初に原田さんに会ったとき、それは上野公園の冬であった。
原田さんは瀧口修造が生きているのではないかと思うような雰囲気を醸しだしていた。
原田さんのきているトレンチコートからは、前衛の臭いがぷんぷんしていた。

残念ながら、その時には、前衛の時代はもう終わっていた。

ぼくは前衛の時代に憧れていたが、ぼくの時代は混沌そのものからはじまった。
しかし、いまはどうだろう。

情報化社会は高度に発展した。
ぼくのこうした日記的なものを原田さんは望んでいたはずだ。

時代はガリバンからブログへと変化した。
我々の言葉は、むかしよりももっと虚しいものへと変化している。
その一方で、美しいものへ追求する人々の心も薄らいでいる。

「リアリティ」という言葉は、虚しい世界で意味をもつものではない。
リアルな世界でこそ、人間のもつ力としてのリアリティを追求したい。

ぼくのなかでは、原田さんの精神はいまも生きているはずだ。
そして、人生を虚しくしないで、すこしでもこの流れに抵抗できればいいのではないかと思う。

2005-09-05