文明は暴力で破壊されている

いよいよ五輪がはじまる。

チベットをはじめ人類の崇高な精神によって築き上げられてきた文明が、
暴力によって破壊され、敗北した記念の日として記憶に残したいと思う。

日本をはじめ国際社会もやはり
「この美しく調和のとれた地球の社会」を作ろうとしてたのではなく、
「物質的享受を分配する欲望」と軍事力によってしか均衡を保てない
「すべての人が財布の中身だけが気になる社会」にしがみついていること、
それが何ら恥ずかしいことでもないことを宣言する日がやってきた。

“平和の祭典”とは名ばかりである。
世界中で自己愛の延長戦である、ナショナリズムが鼓舞される。
日本のテレビ局は金メダルの数を数えるのにやっきなる。

人間の顔をした野獣たちは、
そのいま自分が立っている場所が、多くのいのちの代償を払って
存在している事実に眼を背けるだろう。

人々は知りたくない。事実は惨いものであることを。
人々は思いたいのだろう。この世は幸せな社会であると。

残念ながら、事実はその逆である。
文明は破壊され、人間のことばをしゃべろうとする人間は殺される。

「鳥の巣」はテロで壊されたWTCの鉄でできている。
そこに世界中から人間の顔をした欲望の塊が集結する。
これこそが地獄や餓鬼の社会である。

私は五輪の開催に反対したことはなかったが、
やはり明日からはじまるそのイベントに何らの意味も見いだせない。