触る音からはじまった

触る音、飛来する音というのがある。それは風や光や電波である。

空気の振動によって発生する音波を10hzからどんどん周期を落としていくとそれは波形ではなく、単なる揺れになる。どんなに高価なスピーカーでも1hz以下の波形は再生できないし、30khz以上の高音を聴き取ることができる人はいない。聴覚をいくら研ぎ澄ましても電波を聴ける人はいないし、光線を聴ける人はいない。

物質の振動の周期が極めて遅い場合にはそれは揺れとか一つのイベントである。しかしそのひとつひとつのイベントの時間的感覚を縮めていくことで人はそれを連続する事象であると認識する。

連続する事象が特定の類似する反復パターンをもてば、そこに認識パターンの記憶を保持することから、意味を形成することができる。意味を形成する能力と用途を果たす能力と対象形成能力はダルマキールティの場合には同一視されることを考えると、複数性からイデアが生み出されるといえる。

チベット仏教で客体が「知の客体となり得るもの」と定義されているがこれはまさにこの人間の知的習性をよく観察したものであるといえる。

先ずは昔この辺りまで考えたことを思い出してこれをひとつの材料にしておく。

2011-12-22