ツォンカパの空思想における空の基体の問題野村正次郎 |
1.問題の所在ツォンカパ(Tsong kha pa Blo bzang grags pa, 1357-1419) が空性を仏教の心髄としたことは周知の如くであるが,その空思想は空の基体たる有法(stong gzhi chos can)・否定対象(dgag bya)・否定である空性(stong nyid)・それを成立させる正理/証因('gog byed kyi rigs pa / rtags)という四つの項目とそれらに代入されるものを限定する要素とで構築されている.そのうち「空の基体」 (1) (stong gzhi)とは空性を命題として「(x)は(y)に関して空である」と記述する際の,その(x)のことを指している.本稿ではツォンカパの空思想において,この(x)に何が代入され,代入された(x)は他の項目と如何なる関係にあるのか,といった空の基体の諸問題を整理し,彼の空思想内部の基本構造の解明の一助としたい. 2.倶生起の法我執による空の基体に対する規定ツォンカパにとって,空思想とは一切相知の境位に至ろうとする際に所断の対治となる知を心相続に引き起こすために必須のものである.それ故に空性を確定することもまた,すべての所断の対治となる倶生起の法我執(chos kyi bdag 'dzin lhan skyes)と把握形式が直接対立する知('dzin stangs dngos su 'gal ba'i blo)を導出するためであって,分別起の増益(sgro 'dogs kun btags)を断じるためではない (2) .このことから,空の基体に代入されるものは,すべての衆生が共通して無始時以来倶生起の法我執により思い込んでいるその基体(zhen gzhi)でなければならない,という規定が発生する.(LN, 36a1-3)この規定は中観派にも唯識派にも共通なものであり,その基体上で確定された絶対否定の空性のみが勝義真実であるとされる.(LN, 47a1-2) この規定は,空の基体は主として内外の事物(dngos po)たる有為法である,ということを意味することとなる.何故ならば,衆生は自分たちに実利・実害のある事物にこそより強く執着し迷乱するのであって,実利・実害のない無為法に対してはそれ程執着しないからである.それ故空の基体に代入される項目は,主として有為法であって,無為法はあくまでも副次的なものであるとされるのである.(RG, 14b4-5)元来空の基体(x)には任意の存在者が代入可能であるはずである.しかしながら空思想の目的に適うか否かという観点より,その任意の法はふるい分けされ,結果として有為法が主要なものであると限定される. もちろんツォンカパは空の基体についてこのような規定を付加することで,無為法が代入された空性を排除しようとしたわけではない.無為法を空の基体に代入し空性を確定する必要性はもちろん有り,ツォンカパもそれを認めてはいる.しかしながらそれは「空性や真実は空ではない」という分別起の増益を退けるために過ぎないのであって,そのような増益の担い手もまた毘婆沙部や経量部や過去のチベットの学匠たち (3) に過ぎない.(RG, 13a6-b1,150b3-4) さらに実際に空性を修習する過程では,任意のある一つの空の基体における空性を善く修習するのならば,すべての空の基体における空性を修習することになるのであって,すべてのものを空の基体へ代入してその各々の項目の空性を確定する必要はない.(GR, 182a6-b1)分別起の増益を断じることはあくまでも倶生起の増益を断じることの支分(yan lag)に過ぎず,有為法の空性を修習すれば,無為法の空性を修習することになるのである. このように空の基体に代入される任意の項目は「空思想の目的や修習過程を鑑みて,有為法が主要なものであって無為法は副次的なものとなる」という倶生起の法我執による空の基体に対する規定によりふるい分けされ限定されている. 3.空の基体に対する命題構成上の規定またこのような代入項目のふるい分けをすることなく、任意の空の基体(x)に対して付加される規定もある.それは空性を記述する命題それ自体が必要とする他の構成要素との関係から発生する. 空性である何らかのものが真実として成立していると主張する限り,その所依たる有法で真実として成立している何らかのものをも必ず主張しなければならない.何故ならば(1)所依たる有法が無ければ,能依たる法が存在することはあり得ないからであり,(2)真実として成立しているものの所依を虚偽が為すことは矛盾しているからである.(RG, 148a6-b2) 下線部(1)では,空の基体と空性は,所依(rten chos can)−能依(brten pa'i chos)の関係にあり,不可離の関係(med na mi 'byung ba'i 'brel pa)にあり,同一体(ngo bo gcig)であることが意味されている.この理論はRGにおいて初出する二諦(bden pa gnyis)が同一体(ngo bo gcig)であるという説を形成する準備理論ともなるが,より重要なのは下線部(2)に示されるものである. 下線部(2)では,下線部(1)で示される存在一般の形式上の対応関係を一歩前進させた,「真実として‥‥」などの限定語を伴った特殊な存在形式の対応関係が述べられている.これもまた実在論者と中観派に共通した規定であるとされる.(RG,148b2)この規定は特に空性空性などの無為法を空の基体に代入した場合に有法と法性の存在形式が一致しないとする説を拒むものであり,具体的にはツォンカパ以前の「真実不成立は真実成立である」とする見解や「二諦の分類基体は所知(shes bya)ではない」とする見解などをすべて払拭可能にしている. さらにこの空の基体と空性との存在形式の対応関係に関する規定は,空性を示す命題,つまり否定対象を排除する命題を記述する命題レベル(言説知)でのみ適用されるのであって,「正理知にとって有るもの」(rigs shes kyi ngor yod pa)等の当事者レベルの問題とは切り離されている.何故ならば正理知には空性に対する推理と無漏の三昧智との二つが有るが,無漏の三昧知には有法がなくとも法性のみが存続する力が有るので,後者にはこの規定は適用されないからである.(LN, 47a4-6)この二つのレベルはツォンカパが重視した差異ではあるが、この存在形式の対応関係はその発生点からして命題レベルを保っている. 4.二つの規定の差異とその意義について最後にこのようなツォンカパの空の基体に対する二つの規定の差異がどこにあり,その差異は一体何を意味しているのか考えてみたい. 一切法空性を主張する限りにおいて、空の基体に代入される項目は任意の存在者でなければならない.このことは命題の構成上、所依不成の誤謬を回避するために必須のものであり何ら驚くものでもない.しかるに代入された任意の項目が,その命題の他の構成要素との間で存在形式に対応関係があるのも当然のことであろう.これは多くの空性に対する誤った考えを排除するものであり、一つの論理的な一貫性を保っている.さらにこの規定が、当事者レベルの問題から切り離され、命題レベルに限定されることで,空の基体や空性の存在形式を記述する際の一貫した原則として機能することとなる. このような普遍的な原則とは異なり、ツォンカパは空の基体の問題に対して空思想の目的という視座を導入し,そのことで空の基体を任意の存在者のなかからふるい分けし,有為法が主要なものとするという規定を付加する.しかしこれは、本来前者の規定が行われた際に当事者レベルの問題を回避し論理レベルのみの問題へと限定されたはずの空の基体の問題に,倶生起の法我執という当事者レベルの問題を再度導入していることにほかならない.そしてこの規定が原則として機能するのは,あくまでも空性修習のプロセスに依拠しているのである. 二つの空の基体に対する規定の発生点を考慮すれば,一方は命題そのものに依拠しているのに対し,もう一方は宗教的目的に依拠していると言える.この両者は全く異なる性質を有する問題であるからこそ,その両者から発生した二つの空の基体に関する規定もまた全く異なった性質をもつこととなるが,両者は互いに矛盾するものではない.少なくともツォンカパの空思想において二つの規定のこの異質さは,空性の修習プロセスにおいて解決されるという絶妙な宗教的バランスを保っており,何ら矛盾するものではない.そればかりか彼以前の空思想に対する批判を構成する際に重要な役割を果たしているとも言えるであろう.しかしこの異質さが源泉となり,後代のゲルク派内部ではこの二つの規定を下に空の基体の問題について様々な議論が引き起こることとなった (4) ことを考えるならば、この異質さこそがツォンカパの空の基体の問題の本質であると思われる.
略号LN: Drang nges legs bshad snying po; RG: rTsa she Tik chen rigs pa'i rgya mtsho; GR: dBu ma dgongs pa rab gsal. 以上 Zhol ed.. 注(1) この用語が元来インド文献に見られることは,Ratnaakara'saanti. Saaratamaa (Patna, 1979), 14 = sDe dge bstan 'gyur, No.3803 47a7-b1で確認可能である.【↑】 (2) Cf. 拙稿「ツォンカパの空思想における空の形式について」『日本西蔵学会会報』第47号: 2002, 31-45【↑】 (3) たとえばチャパ・チューキセンゲ(Phywa pa / Cha ba Chos kyi seng nge, 1109-1169)の説などが挙げられる.【↑】 (4) たとえば,LNに対する研究書(mtha' dpyod)に現れる「虚空の依他起は何か」「虚空の依他起は依他起そのものなのか」といった議論はこのツォンカパの空の基体に関する規定を巡りなされる.Cf. 'Jam dbyangs bzhad pa I Ngag dbang brtson 'grus. Drang nges chen mo. bKra shis 'khyil ed., 45b1-57a6.【↑】 キーワードツォンカパ, 空の基体, stong gzhi chos can, 存在形式の対応関係 サンスクリット語などの表記に関する特殊符号は省略しています。 [Papers Index][Home] ご意見、ご感想、ご批判はshojiro@kokonor.comまでお願いします。 |