学者よ、発言を求む

我々チベット学者ははっきりいって怒っています。学問や歴史に口出しする政府はろくなもんじゃありません。もういいかげんにしろばかやろう。ソ連という親玉を失ったボンクラ息子、中国はやりたい放題、いいたい放題だ。誰かとめてください。

そもそもチベット側と中国側の対話のなかで大きなネックになっている「歴史的にチベットは中国の一部である」といったプロパガンダに客観的な学問を志す人間のだれが賛同できようか。同じことを言われたらどうするんだ、「歴史的に日本は中国の一部である」と一体誰が認めることができようか。それと同じことなんです。

国際チベット学会の関係者もいよいよ動き出しました。残念ながら日本はまだです。
http://www.tibetopenletter.org/

日本でチベット研究や仏教研究をしているみなさんに訴えたい。

我々こそが言論の自由を主張すべきです。学問というのは言論の自由がなければ何の発展もありません。チベット問題について口を閉ざすのではなく、みんなできちんと発言しましょう。人々の声、客観的な声、それを封じ込める社会に反対しましょう。ペンは剣よりも強しです。

みなさん何年間これまで学問をやってきたのですか。みなさん何年間チベットの資料で研究費などをもらってそれを学者人生の糧にしてきたのですか。チベット文字も読めない人ですら、立ち上っているじゃないですか。こんな時に発言しなくていつ発言するんでしょうか。

2008-03-28

拝啓、日本政府様

ラサで起こった中国軍によるチベット人への非人道的な大量虐殺は、幸い日本のメディアでも大きなニュースとして取り上げられている。

このような事件が起こるのには原因があり、それはこれまであまりにも中国政府が一方的なひどい圧政を繰り返していることにほかならない。メディアは今回何人死亡者がでたのかやっきになって調べているようだが、実はこれまでに殺された人々の数を考えればものの数ではない。

しかしこの一連の事件を見ているときに、一番がっかりしたことがある。

それは私たちが支えている、この日本政府のことだ。

ラサにいる日本人の保護を日本政府は中国当局にお願いしたそうだ。中国にとってはいやな面もあってもチベット人たちは自国の国民である。その自国の国民を装甲車で踏み殺して平気な顔をしている国家に、「でも日本人だけは助けてあげてね」とでもいったのだろうか。まずは自分たちで彼らを何とかしようとか思わなかったのだろうか。

我が国のこの問題に対する立場としては、「関係者の冷静な対応」「早期にかつ平和裡に沈静化すること」を願っているらしい。もちろん、このこと自体は悪いことではないが、そもそもこれができていればこんな事件は起こるはずはないのである。これができないからこそ、こんな事件が絶えず起こっているのである。そんなこともわからないのだろうか。抜本的な解決がなくして、こうした問題が解決することはあり得ない。

最近福田政権になってから親中政策が続いている。餃子に毒をもられても、チベットで大量虐殺が行われていても、チベット人大虐殺の張本人である胡主席のご来日と新たな日中平和友好条約を結ぶことの方が大切らしい。

チベットは大国の経済戦略、アジアでの覇権争いのなかで国を失い、路頭に迷ってしまった。そして人々はいまもなお殺され続けている。そして何とも悲しいかな、我々日本政府はそんな状況をいまでも繰り返して、罪もない「自国民」に銃口を向け続けている国となかよくしたいと思っているのである。

2008-03-17

ツルティム・ケサン先生の退職に

この度、大谷大学で日本のチベット学を率いてきたツルティム・ケサン先生が定年退職されることとなって、その退職記念パーティに参加してきた。チベットに関わる研究者が勢ぞろいし、大谷大学で直接教えを受けた人達が心あたたまるとてもいいパーティだった。

私自身は、東京でいまはなき東洋文庫チベット研究室でケンスル・リンポチェに教えを受けた者の独りであるが、ツルティム先生はずっと京都で日本人の多くの研究者にチベット語古典文献の指導を行なってこられた。最近は和訳も精力的に発表されており、チベットの学問的伝統を日本に紹介しようというその情熱には頭が下がる。

ツルティム先生は数少ない日本に根ざしたチベット人インテリのひとりであり、このことは実はチベット人のなかではとても珍しいことである。そしてチベット研究という日本ではマイナーでなおかつ多少「インド仏教の二番煎じ」と思っている学者が多くいるなか、先生のこれまでの努力と苦労を思うと本当に大変であっただろうなと思う。結局彼を支えてきたものは、日本にチベットの学問的伝統をなんとかしてでも伝えたいというこの情熱以外の何ものでもないだろう。

チベット語の仏教文献は、伝統のなかに生きているテキストである。それは本に書いて有る内容だけではなく、人から人へ、口から口へと、身振り、手振り、などで伝えてこられたものである。外国人の研究者がそれを学ぶことは、決して簡単なことではなく、その伝統のなかに生きている人々から教えを受けなければ、そのテキストを読解することなど不可能であるといってもよい。

しかしながら、チベットの仏教研究者でチベット人のそういう伝統のなかに生きている人からきちんとテキストを学びたいという研究者は実は非常に少ない。多くの場合が自分で好き勝手に読書をして、分からないところは適当に誤魔化している場合ばかりである。さらには研究者と標榜しつつもチベット語の会話もできないので、チベット人とコミュニケーションもできない人も多いのである。更には多少チベット語ができても、この世界にはTOEFLのような基準もないので、チベット語だって誰がどれほどできるのかさっぱり分からないのが実状である。

こんな状況でいいはずがないが、こんな状況が長く続いている。これが日本のチベット学という学問世界の現状である。たとえば医学の世界では、メスも注射も握ったことがないような人が患者に注射をしたり手術をすることは禁じられているが、チベット学や仏教の世界ではそんな人間でも平気な顔をして人に仏の道を説いていいことになっている。

残念ながら仏教というのものは簡単にわかるものではない。しかし、すくなくともこれは外国の宗教なのだから、できればサンスクリット語、チベット語、漢文に堪能なことが望ましい。別にラテン語なんてできなくてもいいが、仏典の言葉が読めなければ仏教を理解することは難しいだろう。

ツルティム先生は何十年もかかって多くの学生を育てたが、それでもまだ日本のチベット学、仏教学はまだまだ人・もの・カネすべてにおいて不足している。そのなかでも致命的なのが人であろう。近年少子化が進むのと同時にチベット学をやろうと思う人物すら減りつつある。大体そんな学問をやっても食べていけないから当たり前なのだが、夢が見れない若者が多くなっているのではないかと思う。

大学院にいたころ食べていけないので、正直いってもうしんどいなと思ったことが何度かある。そんなときに、アメリカのカイプ教授がぼくに言ってくれたのは、「殆ど誰も読めない文献を楽しんで読めるってのは最高の幸せだと思うよ」といってくれた。これは確かにそうだ。

チベットやインドの文献には、普通には市場に決して出回ることのない「仏になるための具体的な方法」が細かく理論的に書いてあるのである。まだまだ世の中には知らないことだらけなのだ。我々が知らないその量を考えると、知っていることはほんの僅かに過ぎないのだ。

大学生の時にある先生から「君は悠久の時を生きているんだね」といわれたが、そんなに立派なものでもない。しかし、この世のなかには時間がかかることが山のようにあるのであり、いくら急いでみたとしても簡単にはいかないのである。

2008-02-24

MacOS X Leopardでチベット語

もう何年も前からやってきたプロジェクトである、大谷大学真宗総合研究所のTibetan Language Kitが漸くアップル社のMacOS X Leopardに搭載されましたので、お知らせします。

MacOS X Leopardでは福田洋一先生の作ったKailasaフォントと私の作ったKokonorフォントをサンフランシスコ在住のスティーブ・ハートウェル氏と一緒にバージョンアップしたものが、システムフォントとして搭載されています。メニューバーのSpotlightでshojiroと検索すると私たちが作ったフォントが表示されます。(びっくりしました)

チベット語フォントの開発ストーリーなどそのうち書きますが、
とりあえずMacの人はLeopard にバージョンアップしましょう。

Windowsの人は、Macを買えばWindowsもインストールできますので、
とりあえずMacを買うか、Windows Vistaにバージョンアップしましょう。

そういえば小野田俊蔵先生が、iPodでも使えますか?って聞かれましたが、
まだiPodでは使えません。そのうちできます。

2007-11-07

『絶望から立ち直る方法を教えてください』

昨年のダライ・ラマ法王、ツツ大主教、ベティ・ウィリアムズ女史による広島国際平和会議2006の議事録をリミックスしたバージョン、『絶望から立ち直る方法を教えてください』(アスペクト)が出版されました。たったの1,260円(牛丼大盛3杯より安い)ですので、みなさん是非買ってください。

ひさびさにブログに書きます。このところ何をしていたかというと、本4冊とDVD6本という大量な仕事をこなすため、毎日徹夜続きで、死にそうな状態でした。そのうち2/3くらいがやっと終わったところ。今年は学会発表もできないし、何もでできません。

実はこの本、かなり入れ込んで作りました。私の個人的な経験や友人たちの話、ダライ・ラマ法王やチベットに興味をもっている人、平和運動などをしている人たち、悩みを抱えている人、恋愛で失敗して落ち込んでいる人、そんな人とのやりとりの中、何がみんなに必要なのか、それを考えて作った渾身の一作です。すべての人に読んで欲しい本です。

この本は、質問+答えという形式になっています。この答えの部分は三人の巨匠が語ってくれたメッセージです。質問の部分は実はふだん誰しもが考えていたりするような内容になっていますが、それに対する答えの部分で意外な答えがでてきます。

こんなスタイルは、実はむかしはパンチェン・ラマやグンタン・リンポチェが煩悩との葛藤を対話形式で書いたものなどを参考にして作ったものです。つまり質問部分で質問しているのは、我々の「煩悩」であったり「悪魔のささやき」なわけですね。そんな声をことばにできたのも、私が「煩悩に満ち溢れた人間」だし「悪魔のささやき」にいつも惑わされている人間だからでしょう。

妻が曰く「あなたはいっつもこっちの素晴らしいメッセージの間逆の人間じゃん」といわれました。私が「いい人」だったり「仏教の教えで人間のできた人間」であったらこんな本は作れなかっただろう思います。

最近精神世界系の本やいろいろ「癒し」のメッセージと称した本が沢山ありますが、私が断言できるのは、

「これこそがスピリチュアルの巨匠が語る究極の癒しのメッセージ」

だってことです。

この本は、自殺したいと思うくらい落ち込んでいても、死んでも恨んでやる、と思っている人でも、本をゆっくり読んでその内容をきちんと理解して、毎日心のリハビリを行なえば、きっと本を読み終わるころには、あなたも「世界平和に貢献する平和の使徒」になれるでしょう。

今年もダライ・ラマ法王が来られます。そこで、去年の責任者としての私からひとこと。

「ダライ・ラマに癒されたい」「ダライ・ラマと会いたい」「ダライ・ラマと握手したい」「‥‥したい」「‥‥したい」「‥‥したい」「‥‥したい」「‥‥したい」の受動系の人! まずはこの本を読んでください。ここにあなたの求めている答えがあります。

NGO/NPO、ボランティア活動をやりながら心が逆に荒んだ人、文句ばかりいわないで、この本を読んでください。彼らは決してあきらめません。彼らを見習いましょう。彼らがここまでやってこれたのは、決してあきらめないからです。

マスコミのみなさん、〜学者、〜ジャーナリストのみなさん、自殺や日本の核武装とかいじめ問題とか、バカな質問やいつも同じ質問をしたい人たち、そんなにお墨付きの独占インタビューが聞きたいですか?ここに書いて有ることがすべてです。これ以上のことはありません。ぼくは私財を投げ出した「ボランティア」でしたし、法王も「ボランティア」です。みなさんはそれが「仕事」です。お給料ももらっているのでしょう。何か特別なことを期待するくらいなら、もっと日頃からチベットと中国の対話を推進できるような記事や文章を書いてください。何で彼らがノーベル平和賞をとっているのか、本当に考えたことがありますか?それがみなさんの「仕事」なんです。

ダライ・ラマと握手しても、サインをもらっても、ツーショットを撮っても何も意味はありません。そんなことよりもダライ・ラマたちが望んでいる「願い」を叶えること、ダライ・ラマたちが教えている「教え」を実践することの方がよっぽど大切ではないでしょうか。

ダライ・ラマ法王は「ラマ」なんです。「ラマ」というのは教えを教えてくれる人です。大事なのは「教え」です。法王が来日するからって、普段よりも煩悩をはたらかせてどうするんですか。それは法王の教えとはまるっきり逆のことをやっていることです。

昨年もそんなこんなで側にいた私としては「おいおい、日本人どうなんだい」と恥ずかしくなりました。法王が日本人に対する期待は、実はほかの国の人たちよりもはるかに重い期待をしています。日本は法王が最初に外遊した場所でもありますし、近代文明と伝統文明とが両立している素晴らしい見本だと思っているそうです。そんな風に思ってもらって日本人は光栄なんですよ。是非とも期待を裏切らないようにしたいもんですね。

2007-09-28